【日本中世における自由と平等】

“歴史史料”を読み解き、実態に迫る

東大・本郷和人先生の白熱日本中世史

2014年、gacco第1回目としてスタートした、東京大学本郷和人先生の「日本中世の自由と平等」講座。日本史は苦手だし、武士が活躍する中世なんて興味ないけど、初めての講座ということで受講し始めたのですが、これが予想外のおもしろさ! 「歴史は科学である。“僕は○○だと思うと発言した時、その根拠はなんですか”ということをきちんと応えられなければいけない。いわゆるウラを取ることが大切だ」と語る本郷先生。

第1週目では、1通の古文書を元に、ほとんど存在しないと考えられていた海の武士団の存在を探っていきます。そこで出てきた「字の汚い右筆(いまでいう官僚的な立場の記録係)」の存在。本郷先生としては、字の汚い右筆のおかげで、偽物かもしれないと思っていた古文書が本当であることがわかり、その結果陸だけではなく海の武士団も存在したという証拠を示し、「これが“ウラを取る”ということですよ」と教えてくれたわけですが、哀れ “字の汚い右筆”さん。

本郷先生に散々「右筆なのに字が汚い、汚い」といわれ、ついには何万人もの受講生の前で「字の汚い右筆は……斎藤基夏に違いない!」と名前まで暴露され……。まさか自分が死んだ何百年もあとに「字の汚い右筆」なんていわれまくり、個人名まで特定されるとは思っていなかっただろうなと、ちょっと同情……。

続く第2週では、古記録や古文書という歴史史料には、「こうあるべきだ」という建前の世界=「ゾレン」で書かれていることが多く、それを踏まえたうえで「そうはいっても実際はこうだよね」という実態の世界「=ザイン」に迫る必要がある。その2つを使いわけないと正しい歴史像は見えてこないという話を元に、日本中世の国家像に迫ります。

そして第3週、第4週では、実践編として、源頼朝と豊臣秀吉の土地の与え方の違いや、仏の前では平等だといいながらも俗世の身分差のために不平等な扱いを受ける熊谷直実の魂の叫び、織田信長と一向宗との戦いなどからみる「中世における自由と平等」について、熱く語りかける本郷先生。

私がこれまで受けてきた「出来事」や「年表」を覚えるものではなく、テーマに沿って歴史を見ることで、これまでとはまったく違った歴史像を知ることができた大変貴重な講義でした。またオンライン講座の枠を超えて、2014年には対面授業を、2015年には遠隔地にいる参加者同士がオンラインでつながり古文書を読み解く「gaccatz(ガッツ)」を開講するなど、とてもアクティブな講座です。まだ受講したことがない方、再開講したらぜひ受けてみてください。

(Written by 永瀬雫)

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【日本中世における自由と平等】」への1件のフィードバック

  1. 印象に残る言葉は個人差がありますね。本郷先生が「思ったことをはっきり言うので学会の人からはあまり好かれてない」みたいなことを言われてたのが、そうだよなあてな感じでインパクトがあったのですが、「字の汚い右筆」という言葉は 永瀬さんの学習記を読んでいて、そういえばこんなこと言ってたなあと思い出しました。

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