大学の授業と「学び」とちょっとmoocについて考えてみた。

学ぶとはなんだろうか。

学ぶということは、受動的ではなく能動的な行為である。教えられることを知識として蓄えること以上の意味が、その言葉には含まれているように感じる。

勉強をすることやよい成績を取ることとはまた異なる、本当の意味での学びとは何なのか。それについて考えるきっかけとなった、ある大学の授業がある。

それはコロンビア出身の先生によるスペイン語の授業だった。スペイン語の授業といっても、ラテンアメリカの社会問題をメインテーマとして取り扱うという点で、他の授業とは毛並の異なるものであった。というのも、たいていのスペイン語の授業というのは言語の読む・書く・話す能力の向上に重きを置き、そのテキストやテーマの内容はさして重要でないことが多いからだ。

授業では、ラテンアメリカの熱狂的なサッカーファンクラブ(Los hinchas, イギリスのフーリガンのようなもの)、コロンビアの子ども兵、そしてどの社会問題にも関わってくる腐敗政治とマフィアなどについて取り上げられた。

先生は一番前の机に座り、6人ほどの生徒に向かってコロンビアなまりのスペイン語で話しかける。

そこで先生は毎度決まった質問の答えを要求する。

「この現状に対して、あなたならどうするか。どうしてそうするのか」。

例えば子ども兵の事例であれば、貧しいのが問題の根本にあるのだから、貧困対策をすればいい。教育にもっとお金をかければいい。しかし、こういった画一的な「正解」はこの授業では評価されない。それはラテンアメリカが日本と大きく異なり特殊だから、といった思考停止も許されない。

先生は言う。

「国がこうすればいい、ではなく、あなたならどうしますか。もっと個人的なこととして考えなさい。例えばあなたは子ども兵を前にして、その子を助けるために等身大の努力として何をしますか。そして本当にできますか」。

正直言って、フラストレーションが溜まる授業であった。

まず、内容が重い。一人ひとりの生がないがしろにされることに憤りや悲しみを感じつつ、何もできない自分の無力さを知る。授業後は毎度暗澹たる気持ちになっていた。

そして、答えがない。存在しないので、先生もそれを教えてくれない。答えなどあれば既に実践され諸問題は解決されていることだろう。それに、いち学生が必死に頭をひねっても出てくる解決法などたかが知れている。結果として、ただひたすらうんうん唸っているだけになる。

役に立つのかというと、そうでもない。

「わかった!」という喜びもない。

それでもなおこの授業が印象に残っているのはなぜか。

それは、逆説的に、授業で取り扱う問題が重く、かつ答えがなかったために、等身大の自分の頭で考え、学ぶ態度を身につけることができたからだ。

この授業では最終的に、児童労働や暴力などの重いテーマをどれだけ「自分事」と寄せて考えることができるかが、生徒に求められていたのかもしれない。事例の暗記や貧困問題の原因を突き詰めることが肝要ではない。そこで求められるのは、「こうした現状を前に、自分ならどうするだろうか」と考えられる自主性である。最終的に出る答えは何でもいい代わりに、自分の頭で深く考えなくてはいけない。授業は必死に等身大の自分と向き合い、自分との対話を繰り返す訓練になった。

しかしなお、先生からの宿題の答えはまだ出ていない。学ぶということが何かを教えてもらったものの、そのことを知っているだけでは一向に進歩しない。学ぶことの苦しみもやりがいも知ってしまったからには、これからも自発的に学び続けていかなければならない。

学ぶ上で求められるのは、学習者の自主的で積極的な姿勢、つまり、自分の頭で考えることなのではないだろうか。とはいっても、これはそう簡単に獲得できるものではない。学校の画一的な教え方で学ぶことが嫌いになってしまう人も多い。しかし、学ぶ姿勢とは何かを経験的に知り、自分に合った学習法を身につけさえすれば、きっと自主性も自然にはぐくまれるはずだ。そしてそれを知る契機は人によって異なるだろう。私の場合はちょっと変わったスペイン語の授業がきっかけだったのだが。

一度学びを通して得られる喜びと自分の成長を知ってしまえば、人は学ぶことの楽しさに気づくだろう。実際、そうして勉強や研究にどんどんのめり込む人も出てくる。そもそも人間は学ぶということに快楽を感じるものであるはずだ。もちろん座学が好きな人、実践が好きな人といったように、学びの方法の好みは別れるであろうが、何かを学んで新しい能力を得られることは誰にとっても喜びであるはずだ。

MOOC学習者には、そんな学びの楽しさを知っている人が多いのではないかと思う。

MOOCの検索サイトを開くと、学びの裾野の広さとそのアクセスの容易さに驚く。インターネットの普及により、学ぶということの敷居は年々低くなってきているようだ。学びと教育が拡げる人生の選択肢を想像すると、それだけでわくわくしてくる。

これからも、その「わくわく」に気づける人が増えていくと良いと思う。また、幅広い人々の学びを実現するために、MOOCのようなオープンな学習の機会提供の場がどんどん普及していくことを願っている。

*参考

例のスペイン語の授業は、先生の大学時代の専攻が哲学であったということもあり、なかなか哲学的でした。海外のサイトですが、MOOCでも哲学は学べるのですね。きっと学ぼうとする意志さえあればほとんどのことは学べるのかもしれません。そう考えるとわくわくしますね。

https://www.mooc-list.com/tags/philosophy?static=true

(“MOOC List”から。”Philosophy”で検索、40件ヒット。2015.11.11現在)

(Written by Lisa

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